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日本の総理大臣の訪米 ニュース記事に関連したブログ

2012/05/02 23:15

 

アメリカの大統領が来日すれば、日本のニュース番組で報じられないことは考えられませんが、日本の総理大臣が訪米しても、ホワイトハウスで晩餐会が催されても、アメリカの3大ネットワークのニュース番組で報じられることはほとんどありません。

 

私の米国滞在中にアメリカのニュース番組で日本国首相の訪米が報道されたのは、小泉総理がエルヴィス邸のグレイスランドをエアーフォースワンで訪れた時のことだけで、あれは政治報道というよりは芸能ネタといった感じでした。

 

野田総理も面白みの欠片もない感じの方なので、アメリカの報道関係者の関心を買うことはなさそうですよね。

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関連ニュース

生肉を食べるのを禁止にするのは妥当か ニュース記事に関連したブログ

2012/04/21 23:41

 

国が規制してレバ刺しが食べられなくなることに不満を表明する人がありますが、このような場合の最適な政策とは何なのでしょうか。

 

①国が規制により流通が禁止される。

②国が基準を定め、基準を満たすものについては流通が認められる。

③何も規制しない。

 

③はまずいだろうということで、①か②を考えます。

 

①の場合、闇市場でなければお目にかかることはないので、一般消費者が知らずに食べてしまう危険性はまずないと言えるでしょう。しかしリスクは承知の上でレバ刺しを食べる人の食べる機会を奪ってしまうやりかたのため、過保護あるいは過剰規制ということができるかもしれません。しかし事故があれば人命に関わることなので、過剰規制が正当化される余地はあるでしょう。

 

②の場合、HACCPに基づく管理工程を認証するとか、一定の客観基準に満たないものを流通禁止にするなどの政策が考えられるが、全面禁止とは異なり、安全性確保のためには、消費者の自己防衛努力も欠かせないものとなります。消費者は特定の会社や店舗の看板を信用して購買意志の決定を行う必要があります。

 

経済学的に言うと、費用便益分析を行えということになるのですが、人名が関わる場合の費用の算定はいつも論争になる可能性があります。あまり深入りすると話が長くなりすぎてしまいます。

 

結論をいうと、政府としては無為無策というわけにも行かないので、製造工程や安全性の基準を設定し、飲食店の側には危険性について顧客に説明を行い、理想的には消費者が事前に同意書にサインするということを指導するのが合理的ではないかと思われます。そのうえで全面禁止は回避するということでは不十分でしょうか?

 

レバ刺しには危険があるので食べないという選択肢がありうるので、政策的にレバ刺しの流通を全面禁止にするのは、過剰規制ではないかと思われますが、いかがでしょうか。

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関連ニュース

骨太と言われても何だかよく分からないのですが…

2009/06/13 02:59

 

骨太の方針というのは何が言いたいのかよく分かりません。

 

肉厚の方針とか、皮なし・ゲソなしの方針とかが他にある訳じゃなしに、なぜ牛乳のコピーみたいな用語を政府が使わなければならないのでしょうか。

 

基本方針みたいな用語のどこがいけないのでしょう。そういう言葉のほうがなら分かりやすくありませんか?

 

骨太から何を連想するかは人によって差がありそうです。日本国民全体に奉仕すべき政府が意味が曖昧な用語を使用するのはどうかと思いますよ。

 

 

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新型インフルエンザの騒ぎも一段落、遅ればせながらマスクの話をひとつ

2009/06/05 04:47

 

ブログを放置していたせいで折角経済学の理論が実社会で確認できる事例がありながら、ジャスト・イン・タイムでブログを更新する機会を逸してしまいました。まあまだ遅すぎる訳ではないので気にせずアップしましょう(笑)。

 

マスク姿の人もちまたであまり見かけなくなりましたが、一時期は街の薬屋さんからマスクが消える事態になりました。アマゾンでも検索したところ、その時はマスクは皆品切れになっておりました。そしてネットオークションではマスクが高値で取引されていました。こうした現象は初歩的な経済学の概念で説明できます。下図を見て下さい。

 

マスクの生産は短期間に急増させることは出来ないので、供給曲線(S)は固定されたままと見てよいでしょう。しかし需要は新型インフルエンザの国内感染者が出たことで急激に増大しました。この場合価格に反応して需要量が増えたのではなく、需要曲線がD1からD2のように右にシフトしたということです。つまり全ての価格において、今までよりは多くのマスクが必要とされる事態です。供給曲線はSのままですから、価格はP1からP2まで上昇します。この簡単な図で、需要が一時的に増大したことによって(すなわち需要曲線が右にシフトしたことによって)価格が急騰した事が説明できるわけです。どうです?何かちょっと利口になった気分になりませんか?経済学に精通している人には笑われてしまいそうですが(汗)。

 

以下は余談です。

 

マスクのニュースを見ていてふと思ったのですが、ネットオークションに出品した人たちはあらかじめストックしておいた余剰マスクを捌いていたのでしょうか。それとも価格上昇を見越して買いだめして、それをネットにしたのでしょうか。

 

どちらもありうるでしょう。この場合のように値上がりを見越して買いだめする行為を英語ではhoardという動詞を使ったり、hoardingという動名詞を使って表します。私がジョージア州にいたときに、ガソリンの価格が急騰して供給が極端に少なくなったときがありました。その時に地元のNBCニュースでhoardingという語を盛んに使っていました。米騒動や石油ショックの時にはそれぞれ米やトイレットペーパーを買いだめして儲けようとした人がいたのでしょう。Some people hoarded toilet papers at the height of the Oil Shock of 1971 in Japan.のような使い方が出来ます。

 

ところである場所で高値で取引されているものが、別の場所で安値で入手できるなら、安く仕入れて利ざやを稼げる可能性が出てきますね。このような行為を「さやぬき」とか「さやとり」とか呼んだり、もっと難しい言葉で「裁定(arbitrage)」と言っています。裁定行為はあらゆる場所で行なわれています。なぜならそれがリスクなしに儲けを出す商売の基本だからです。顕著な例は為替相場です。もしポンドとドルの為替相場がニューヨークよりもロンドンのほうでドル安ならば、ロンドンでドルを買ってニューヨークで売れば利鞘が稼げるというわけです。ただし現実には取引費用がかかりますから、取引費用を差し引いた値段の差を鞘取りするわけです。もっと古い例では紀伊国屋文左衛門が紀州では安いみかんを江戸で高値で売って財産をなした話があります。あれもまさに鞘抜き、鞘取り、裁定の好例ですね。ただし意図的に価格をつり上げるために買いだめして売り渋る行為は、合法な場合でも阿漕な真似のそしれは免れませんので気をつけて下さい。普通の人はそんなことしませんって?

 

 

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経済学者が嫌われる理由

2009/06/04 15:23

 

日本の農業の現場を見ることで私たちの社会がどういう仕組みで動いているかを若い女の子たちが知るのは大変有意義なことです。このようないい話に冷や水を浴びせかけるようで大変申し訳ないのですが、やはり一言差し挟みたくなりました。こういう事を言うからエコノミストは人に嫌われるんだろうと分かりつつも、食糧自給率アップのために米の生産を手伝うことは目的と手段が乖離していると言わざるを得ません。

 

だってそうではありませんか。米の自給率はミニマムアクセスのためここ10年ほどで100%水準から徐々に低下して、平成19年度には94%になりましたが、食用は100%を維持しており、完全自給です。自給できるものをPRしても自給率は高くなりません。

 

それではどんなものが自給率の足を引っ張っているのでしょう。農林水産省の統計によると平成19年度の自給率で低いものは、

  • 小麦(14%)
  • 大豆(5%)
  • 果実(41%)
  • 牛肉(43%)
  • 豚肉(52%)
  • 魚介類(62%)
  • 植物油脂(2%)

逆に高いものは

  • 米(100%)
  • イモ類(81%)
  • 野菜(81%)
  • みかん(99%)
  • 鶏肉(69%)
  • クジラ(100%!)
  • 鶏卵(96%)
  • 海藻類(71%)
  • キノコ類(83%)

です。これらの数字を見て、皆さんは自給率アップのために何をすればいいと思いますか。

 

それではやさしい経済学教室の時間です(笑)。

 

自給率というのは一つの指標であって、その指標の裏にある経済現象は他の全ての場合と同様に需要と供給の法則によって決まります。だから自給率が決まるときも需要側の事情と供給側の事情があるわけです。需要側の事情とは例えば食習慣の変化などがあります。供給側の事情とは生産性すなわち価格競争力の問題があります。この事を考えるだけで、食糧自給率が政府の統制できる政策変数たり得ないことがお分かりでしょう。農水省は生産者に対しては一定の影響力がありますが、国民に卵かけご飯と野菜とキノコばかり食べることを強要できません。

 

さて自給率アップのために何をしたらいいのでしょうか。私の見解は「自給率はそれほど心配する必要はないでしょ」ということですが、強いて自給率アップを目指すなら「食糧供給の生産性を高めて価格競争力を高めなさい」というのが私の処方箋です。

 

需要側の事情は政策によって動かしにくいのが現実です。米の消費量が落ちてきたときに芸能人を使ってテレビコマーシャルで需要喚起に努めたことがありましたが、トレンドを覆すことは出来ませんでした。それに日本人なら輸入物の牛肉や豚肉を食べるなと誰が命令できるのでしょう。所得が高くなってくれば動物性タンパク質の消費が増えるのは当然であり、需要に見合った供給が出来なければ輸入で補うしかないでしょう。和牛を消費しろと言われても価格も高いし、皆が和牛に殺到すれば今よりももっと価格が高騰してしまいます。これが需要と供給の法則というものです。そもそも全ての牛肉消費者の口に入るだけの十分な量を国産出来るかどうかもわかりませんしね。

 

それでは供給側はどうでしょうか。日本の農業は狭い国土のために小さな経営規模のまま推移してきました。経済学では「規模の経済」という用語があります。同じ米の生産でも1ヘクタールの経営と10ヘクタールの経営では後者の方が単位面積当たりの費用が安くな るということを意味します。規模の経済の効果を得るためには農業の生産規模を高める必要がありますが、それは生産性の低い農家から生産性の高い農家に土地 が集約しなければ達成できません。ところがこれは政治的には大変困難な問題です。社会主義国でない日本で生産性が低いからといって「農業をやめて、他の農家のために土地を供出しろ」と農家に命令できるわけがありません。

 

何だ、それじゃ、どうしようもないじゃないか、と言われても、現状はそうなっているとしか言いようがありません。

 

こうしたとき経済学者なら、インセンティブの構造を整えて、生産性の低い農家は廃業して生産性の高い農家に土地が集積するような仕組みを作ればいいと考えます。そうすれば放っておいても所定の目的が自動的に達成されるからです。みなさんならどうすれば生産性の低い農家が農地を供出すると思いますか。

 

今まで農業をしてきたというだけで、生産性の低い農家を保護すべきなのでしょうか。生産性が低ければアメリカ最大手のゼネラル・モーターズですら沈んでしまいます。なぜ生産性の低い農家を保護しなければならないのでしょう。より能力の高い農家が実力を発揮できるような制度のほうが優れているとは思いませんか。一部の農家には酷なようですが、保護をなくして農業でやっていけない人には農業をやめてもらって土地を提供してもらうしかありません。少しでも日本の農作物を安く提供できなければ自給率は上がりません。そのためには農業の生産効率を高める以外に道はないのです。

 

自給率の問題を意識している人は数多いのですが、農家保護を志向する政策を支持する人々は問題の解決に向かっていないというのが私の見立てです。動機や意図が賞賛すべきものでも、それを遂行するための手順が間違っていればせっかくの努力が無駄になってしまいます。そこの所を多くの人に考えてほしいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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久しぶりに偽装の事件を見ました。

2009/06/04 02:16

 

しばらくニュースのチェックもブログの更新も放り出したままにしていましたので、久しぶりの更新です。他にもあったのかも知れませんが、久しぶりに見た食品の産地偽装事件です。

 

経済学では財に3つの特性を区別します。探索属性・経験属性・信用属性の3つです。

 

探索というのは購入の前段階で分かる属性の事で、属性を探索して商品を買い求めることが出来るのでこの名前がついています。脂身の少ない肉が欲しい場合、肉の部位を特定したり、肉を見て脂身の少ないものを選んで買えばいいので、肉の脂身は探索属性と言えるでしょう。

 

第二は商品を消費すれば分かる属性です。スイカを丸ごと1個買う場合、事前に甘いかどうかは分かりません。店の人に「甘いよ」と勧められて買って帰ったらあまり甘くなかった経験はありませんか。スイカの甘さは食べるまで分かりませんが、食べれば分かるので経験属性です。

 

第三の信用属性は、購入前にも分かりませんが、消費後にも分からない、確認できない属性です。食用油に遺伝子組み換えでない大豆を使ったと書いてあっても、食用油から組み替え遺伝子を検出することは出来ないので、食用油の組み替え材料の使用・不使用は信用属性になります。

 

アメリカでツナ缶を見ると「Dolphin Safe」と書いてあることがありますが、そのツナがイルカに害を与えないような方法で収獲されたものかどうかは、食べても分かりませんから経験属性ではありません。では探索属性かというと、どうでしょう。その企業が嘘をついていることがあり得ないならば、表示を見ればDolphin Safeであることは明らかなので探索属性と言えるでしょうが、企業が信頼できなければ信用属性になるでしょう。普通は信用属性と考えますが、こうした微妙な点は用語の定義に常につきまとう問題です。

 

食品の産地表示もこの意味で信用属性と言えるでしょう。いや、ものすごく舌の肥えた人には牛肉の産地が分かると言う人もいるでしょう。美味しんぼの京極さんなら米の産地をあててしまうかもしれません。しかし余程の人でも人間ですから間違えることもあるでしょう。ですから、産地も信用属性と言っていいでしょう。

 

信用属性というのは全くやっかいなもので、企業を信じて買うか、信じられないため買わないかの選択しかありません。買う必要がある場合、企業にだまされる危険があります。従って消費者保護の観点から政府の規制が必要になるわけですが、これまでの日本の規制のように書類上問題がなければ何もしないようなものでは消費者保護は出来ません。

 

ではどうすればいいのでしょうか。

 

少し話がそれますが、学生時代中国人留学生が言っていた話を紹介したいと思います。アメリカ人は障害者用の駐車スペースに勝手に車を停める人はいないけど、中国ではルールを守らない人が多いのは何故かという議論になりました。中国人学生によれば、中国では罰金が低すぎるからで、罰金を高くすればいいということでした。実際の罰金額がどれだけかは失念しましたが、シンガポールの例や、日本のタバコポイ捨ての取り組みの例を見るとあながち間違いとは言えません。

 

しかしその時の私の感想は、罰金をつり上げて取締りを強化するのも一つの方法ですが、それだけでは殺伐とした社会になってしまうのではないかということでした。第一、中国人に横入りや痰を吐くことをやめさせるためにまで罰金を設けるのは大変でしょう。民度を上げるには罰金というのも方法でしょうが、教育も欠かせません。

 

さて日本で偽装を行なった食品企業への罰則は十分に高いと言えるのでしょうか。皆さんはどう思われますか。確かに偽装がばれた企業には法的な措置がとられるだけではなく、社会経済的な制裁も加えられています。船場吉兆ですら廃業を余儀なくされました。罰は与えられているようですが、明らかに偽装を未然に防ぐほど高くはありませんよね。

 

では罰を厳しくしますか。それでも私の予想では偽装をゼロにすることはできません。経済学者はこういう時に限界費用という概念を用いて、さらなる取締りの強化は費用ほどの効果は得られないと言うでしょう。多少の罰則強化は構いませんが、ゼロにするために厳しくしてもあまりろくな結果にならないと考えるのです。産地偽装を行なった当事者は市中引き回しの上打ち首獄門にしたらいいと議会で決定されることはありませんが、実際にそうなったとしたらそのアホらしさが分かると思います。その場合でも偽装を行なう者は多分出てきますよ。

 

情けないことに、伝統的な経済学ではこの問題に大した対策を提供することが出来ません。ここでもHomo Economicus(経済人と訳され、漫画みたいに超合理的な人間像)の仮定の限界を感じます。人間の心理を考慮して、そもそも何故偽装を行なうのか、思いとどまらせるにはどうすべきかを考える方が極刑で望むより余程マシではないかと私は思いますね。

 

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報道の中立性って難しいですよね

2008/11/14 20:01

 

筑紫哲也氏の名前を冠した番組でしたが、筑紫氏の役割は何なのか疑問に思うことが多かったです。ニュース番組はニュースを出来るだけ生のまま伝えるべきなのか、それともイデオロギーのフィルターでニュアンスをつけたものとして伝えるべきなのかという事を考えさせられることがありました。TBSは動画ニュースの配信があるのでNews23はある程度まとまった形のままネットで閲覧できますが、他の局の番組はヤフーの動画ニュースで断片的にしか見られないので詳しいことは分かりません。もしかするとNews23だけじゃないのかもしれないのですが、News23はかなり印象操作の手法が多用されていると感じていました。

 

例えば小泉総理の時代にはNews23は小泉改革にとても批判的で、その批判の手法は小泉氏がいかにも変人であるかのような印象操作がありました。うろ覚えなのですが、総選挙前のときだった思います。アニメーションで小泉氏が機械仕掛けのロボットとして映し出されていました。小泉改革は人の心が通わないものという印象を与えるためにあのような演出が行われたのだろうと、その時感じたのですが穿ちすぎでしょうか。大体ニュース番組の演出って、どこか変な感じがします。ああいった演出の全てに筑紫哲也氏の指示があったとは思いませんが、筑紫氏は是認していたことにはなりますよね。

 

他に気に障るのはニュースに使われるBGMです。ある特定のニュースの場合、ニュースを読み上げるときに不安感をかき立てるようなBGMを流すことがあります。それは明らかに視聴者に不安感を与える意図で用いられています。大体ニュースにBGMが必要なのでしょうか。ブランディング(ニュースを商品と見て自社ブランドの色合いをつけること)の一環なのでしょうが、中立性を装いながらある特定の主義主張に世論を誘導しようとするものに見えて仕方がありません。こういう演出効果の最終責任者はやはり名前を出している筑紫哲也氏なのでしょうか。

 

日本では報道は政治的に中立であるものという前提があります。しかしそうではないと思われることが多々あります。与党批判はマスコミの常道ですから仕方ありませんが、中立を装いながらの党派的報道には問題があります。いっそ「TBSは民主党を応援します」みたいに明言してくれたほうが分かりやすくてよいと思うのですが、そうはいかないのでしょうね。

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別に朝日新聞がすり替えで逃げているようにも思えませんが

2008/11/04 21:45

 

『産経新聞』と『朝日新聞』では話がかみ合わないだろう事は分かります。中山前国土交通相の発言に朝日が反論し、それに産経で高崎経済大学の八木秀次氏が反論しています。私の見立てでは八木氏の反論はかなり苦しいと思われます。これは八木氏の責任と言うよりは中山氏の発言がそもそも乱暴だからだと思われます。

 

中山氏の「日教組の強いところは学力が低い」という発言は検証可能な命題ではありません。学力の高低は学力テストのスコアで測るとして、日教組の強さをどんな客観的指標で測るかが示されていないからです。

 

朝日新聞は組織率という客観的指標を用いれば、日教組の「強さ」と学力の負の相関が無いことを示している点で説得力があります。朝日の挙げた組織率の数字に捏造がなければ確かに日教組の組織率と学力に負の相関を認めることは出来ません。

 

一方八木氏は組織率で日教組の強さを測ることに異議を唱え、組織率の代わりに活動の過激さで測るべきだと述べています。しかし過激さは依然曖昧な概念であり、それをいかに客観的指標で置き換えるかという問題が残ります。過激さというのは恐らく複合的な構成概念であり、複数の項目について測定してインデックス化する必要があるかも知れません。実際にこのようなデータを集めて学力との相関を統計学的に研究をすることは面白いでしょう。

 

憶測ですが、仮にこのようなインデックスを作成しても学力と日教組の過激さの間に負の相関関係が綺麗に表れることはないだろうと思います。日教組の学力への影響力はそれほど大きいものかどうかが怪しいと思われるからです。学力を決定する要因は親の学歴・職業・所得水準や学習塾の浸透率や地域性など様々なものが考えられ、日教組の影響力が圧倒的だとは思えません。せいぜい「一部の自治体では過激な日教組の活動が児童・生徒の学力に悪影響を与えている」ぐらいのことが言えるだけじゃないでしょうか。

 

そうすると結局中山氏の発言が粗雑であったという結論になってしまいます。いや、こんな回りくどい議論をしなくても、常識的に考えれば中山氏の発言は粗雑でしたね。中山氏が日教組を嫌っていることは分かりますが、全否定で挑発するよりは、日教組が過激な活動をしている自治体をピンポイントで攻撃したほうが余程マシだったのではないかと思います。アメリカ大統領選のディベートで経済問題を解決するのに鉈ではなくメスを振るわなければならないと、オバマ候補がマケイン候補を批判しておりましたが、中山氏も日教組の中の悪性腫瘍をメスで切り取る作業を目指すべきだったのでしょう。ご自身が振るった鉈で自らを傷つけてしまったように思われてなりません。

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言論封殺の問題というよりは命令不服従の問題ではないですか

2008/11/03 12:30

 

航空自衛隊トップの歴史観を封じ込めるのに反対という主張のようですが、ちょっと違うんじゃないでしょうか。空幕長が届け出なしに個人的見解を外部に発表したことは手続き上問題です。事前の届け出義務を知りながら敢えて論文を発表したとすれば、さらに問題です。自衛隊のような軍事的組織は命令遵守がなければ成り立ちません。問題を知りながら敢えてルールを破る行為は自衛官としては不適切でしょう。2.26事件を起こした青年将校は経済恐慌に疲弊した地方の惨状に義憤を感じたことも動機の一つにあったようですが、仮に動機が正しくとも自己の判断で勝手に行動する軍人は危険極まりありません。確かに空幕長は単に論文を発表しただけで、武力を行使したわけではありません。しかし規則違反に温情をかければ一気にたがが緩んでしまうのではないかと危惧します。国民の生命を守るために仕方なく現場の判断を優先しなければならないような緊急の用件でもありませんから、申し開きの余地はないかと思います。言論封殺ではなく正規の手続きを軽視したことへの当然の報いではないでしょうか。手続きを踏んだ上での意見開陳ならば当然許されるべきです。

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議員の下らない質問はやめさせられないのでしょうか

2008/10/29 19:17

 

民主党の議員が参院外交防衛委員会の貴重な審議時間を使って総理にカップラーメンの値段を尋ねる一幕がありました。まるでカップラーメンの値段を知っていること が総理大臣の職務に決定的に重要だと言わんばかりに、外交防衛とはおよそ関係のない質問を野党の議員が総理にぶつけました。ちなみに民主党の小沢氏や鳩山氏はカップラーメンの値段に精通しておられるのでしょうか。麻生氏はカップラーメンの値段も 知らないが、私たちは熟知していますから、安心して民主党に投票願いますとでも選挙の時に街頭で訴えるつもりでしょうか。モンスターペアレントならぬモンスター政治家とでも 言いますか。呆れるほかありませんよね。

 

これはマスコミに重大な責任があると思うのですが、政権選択や総理大臣の選出が庶民度コンテストに矮小化されてしまったのは、はっきり言って異様ですし恐ろしいことです。どんなバーや高級レストランに行こうが、こんなことは総理大臣の資質とは本質的に関係のないことです。庶民だから必ず庶民の喜ぶ政策をやるとは限りませんし、庶民じゃなくても庶民の喜ぶ政策は出来るでしょう。ある一つの些末な尺度で低スコアだからといって、一人の政治家を簡単に切り捨てていいのでしょうか。庶民の味方と言いつつ一貫性や財政的裏付けのない政策を行なって経済を破綻させることだってあるわけです。人物評価は総合的に行うべきで、庶民っぽさを最優先に競い合う姿は滑稽です。

 

ところで、このように滑稽な庶民度競争のようなパフォーマンスが国会で繰り広げられ、その様子を逐一マスメディアが報じる事態は一体何なのでしょうか。ここでアメリカ大統領選候補者のネガティブ・コマーシャルについて考えてみたいと思います。ネガティブ・コマーシャルとは対立候補の発言や政策を文脈から切り離し、あたかもそれらが酷いもののように取り上げ対立候補を攻撃するものです。時には人格攻撃に等しいものもあり、不快感を覚える有権者も多いようです。批評家の中にはネガティブ・コマーシャルをやめるよう呼びかける者もありますが、一向になくなりません。実際、変化を呼びかけ、格調高いスピーチが評判のオバマ上院議員も攻撃的コマーシャルを使用しています。なぜ多くの有権者に不快感を与えながらもネガティブ・コマーシャルはなくならないのでしょうか。それは効き目があるからです。肯定的なメッセージよりは否定的なメッセージのほうが候補者の印象は有権者の心に強く残ります。そして大事なことは、有権者が候補者の政策の吟味よりは候補者の印象で投票行動を決定するということです。庶民度競争もネガティブ・コマーシャルのように相手の印象を悪くするための作戦であると言えるでしょう。

 

やめたほうがいいとは思っていてもやめられないところも、日本の政治家たちの庶民度競争とネガティブ・コマーシャルの共通点です。しかし重要な相違点もあります。アメリカでは特定の候補者が自腹でテレビコマーシャルを放映することが出来ますが、日本ではテレビコマーシャルは厳しく規制されていて、資金力に応じた露出を稼ぐことが出来ません。するとテレビカメラが入る国会本会議や各種委員会でパフォーマンスをすることが次善の策になりますから、委員会で与党党首の否定的印象を演出するような罠を仕掛ける動機が野党議員に芽生えるわけです。奇を衒った質問をぶつけ、受け手が罠にかかった様子をテレビニュースが面白おかしく放映してくれれば、野党の目論見通りです。カップラーメンの値段という一見馬鹿げた質問が外交防衛委員会という場所で取り上げられてしまうのです。アメリカのように自費でコマーシャルを放映するのならば結構なのですが、日本のように税金で運営される国会で選挙キャンペーンまがいの印象操作をやられてはかないません。場違いな質問で委員会の貴重な審議時間が浪費されることは国民の利益にはなりません。

 

ではどうすればやめさせられるのでしょうか。残念ながら速効性のある解決策はありません。馬鹿な質問をした議員を罰することが出来るのは有権者しかいません。だから有権者一人一人の自覚が高まり、下らない質問をした議員やその所属政党に投票しなければいいのです。しかしそうは言っても、カップラーメンの値段を知らない総理は庶民的でない、従って庶民の味方ではないという印象を受ける有権者はいるでしょうし、そうした有権者がいる限り野党議員の行動が改まることはないでしょう。下らない質問にはそれなりの効き目があるのです。

 

最近はインターネットの発達によって議員の発言や行動の記録が有権者の目にさらされるようになってきました。ネットの普及率は年齢が高くなるほど低く、未だに十分高いとは言えませんが、第三者の手によってまとめられた議員の活動記録がより多くの有権者に閲覧出来るようになりつつあります。こうした取り組みは非常に有益だと思われます。これまでは選挙の時に候補者が何を言うかによって投票行動が決まってきましたが、これからは政権公約マニフェストの中身がどれだけ実施されたか、候補者が議員として何を発言し何を実現したかを強く意識して投票行動を決定することが出来るようになります。有権者による監視とペナルティ以外に議員の行動を律する事は出来ませんから、詰まらない質問ばかりする議員には次回選挙で是非とも罰を与えたいものです。

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